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シャボン
シャボン

2月7日は「北方領土の日」です。
第二次世界大戦で8月15日に終戦を迎えたのちに、旧ソ連は武装解除しつつある日本軍を攻め、9月5日までに日本の固有の領土である千島列島のうち、歯舞諸島、色丹、国後、択捉島を混乱に紛れて占領しました。

それを取り戻すべく祈念する日に制定されたものです。
さらにシベリア抑留といった悲しい史実もありますが、今回は北方領土問題に絞っていきます。

戦後、アメリカも沖縄、奄美、小笠原を占有しましたが、本土復帰し今日を迎えています。
米軍基地の問題はありますが、日本の治権です。

一方で旧ソ連とは、歯舞諸島と色丹島の先行返還ののち、国後、択捉島の交渉を行うことが日ソ共同宣言で取り決められましたが、今日まで何も動きはありません。

北方領土が日本に戻るチャンスはあったかと言えば、過去に2回ありました。
最大の好機は、ソ連崩壊後1998年の橋本-エリツイン川奈会談です。

当時は経済的に困窮したロシアが北方領土の返還に5兆円を要求したと言われています。
この時は、そもそも日本の領土なのにお金を払う必要が無い、という論調で頓挫したようです。

もう一度は、2006年に当時外務大臣であった麻生太郎の3島返還論と谷内次官の面積2分割論です。
これは、やはり内政経済に不安のあるロシアのプーチン大統領が、その任期中に領土問題を解決する道筋として、両国の顔を立てるべく折衷案を描いたものと言われています。
この時は、北方領土は4島一括で返すべき、という頑な原則論が強く議論すら進まなかったようです。

逃したチャンスは二度と来ません。

時は流れ、安倍晋三です。
ことさらプーチン大統領との親密さを演出して、長門湯本温泉で足湯に浸かりながら、0島返還に至ってしまいました。

返還後に日米安保条約の対象とせず米軍基地を作らせないと約束すればよかったのです。
前総務大臣が、安倍晋三を国賊というのも頷けます。

まもなく選挙ですが、領土問題とくに北方領土について語る政治家はいません。
少し前に、歯舞諸島を(はぼまい)と読めなかった北方担当大臣は居ましたね。

第二次世界大戦の戦果で、ロシアのものになってしまったのです。これが我が国の政治家が成し遂げた結果です。
大学生の頃、北海道を旅して知床峠から望んだ国後島。
高齢の旧島民の心情を察すると心が痛みます。