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大学受験の思い出3 バレーボール編

まもなく夏休み。
受験生にとっては勝負の夏休みです。健闘を祈ります。
最近は、私どものクリニックで不妊治療、体外受精で生まれたお子さん達が受験に挑む年代になりました。

検診などで引き続き受診頂いている、元不妊治療患者さん、今は受験生のお母さんと、お子さんの受験の話などをする機会が増えました。
そうした方々に、あまり参考にはなりませんが昔話を書かせて頂いております。

私は、中学校の部活で少しだけバレーボールを経験しました。
高校に入学し、学業のみに専念するつもりでしたが、たまたま同じ中学からの同級生がバレーボール部に入るということで、経験者の私も流されるように入部しました。まあ、新入生の4月には私以外の4人は辞めてしまいましたが。

その頃は身長163cmで、240cmのネットからスパイク(アタック)を打つのが精一杯でしたが、もともと大好きなスポーツでしたから、下手くそなりに頑張っていました。
先輩たちのチームは強く、私の同級生も有望で、まあ雑用係みたいな選手でしたが、それでも監督は部員一人ひとりを大切にしてくれました。監督の人間性は大事ですね。
しかしながら、その頃の私は学業成績不良で、好きなバレーボールを続ければ自ずと勉強時間が限られることに悩んでいました。

そんな頃に、書店で医学部の特集本を見つけます。
医学部ではスポーツ部活が盛んで、西日本、東日本で大会があることを知ります。

ちょうど法学部への進路に不安を持っていたこともあり、閃きます。
「医学部に入れば6年間バレーボールできる。医学部なら活躍できるかも。」
医師への道は、こんな些細な動機からでした。

高校1年生限りで部活を辞めて、高校2年生は引き篭もり生活が始まります。学校が終わると毎日夜中の3、4時頃まで、ずっと数学の問題に取り組みました。そうすると1年くらいを経て、成績は上向いてきたのでした。

私の甥にも子どもたちにも、高校2年生の過ごし方が大切であることを伝えてきました。

その後、何年か苦労はしましたが、大学に合格した日から筋トレ、ジョギングを始め、入学式の前からバレーボール部に入部。あまり活躍できませんでしたが、予定の6年間を超えて、OB になっても続けられました。

私は藤沢市に在住ですが、最近まで町内のソフトバレーボール大会でも楽しんでいました。

いま不妊治療、体外受精の医師として、胆力をもって根気よく仕事できるのは、バレーボールで培った体力や忍耐力、指導者や仲間との貴重な時間があったからだと思います。