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大学受験の思い出 2

4月になりました。新年度のスタートです。
ただ、4月1日生まれの赤ちゃんが前年度に含まれるのは、満年齢のためだそうですが、未だ理解できていないです。
今は体外受精が仕事の中心ですが、若い頃は長く分娩に携わっていましたので、3月31日〜4月2日あたりはいつ産まれるかで、患者さんとハラハラしたのをよく覚えています。

早生まれだと成長が心配とか、新年度初日だと子育て期間が長いとか、考え方はさまざまです。
で、私はよく、結局は大学に入る頃には1、2年くらい差がなくなる、つまり受験浪人とかで調整されることを伝えていました。

私は12月生まれですので、高校3年生の頃、4月生まれより勉強する期間が8ヶ月短くて不利、とか思っていました。が、結局さらに2年遅れたのですから、まあ生まれ月は関係ないです。

進学、入学される方はおめでとうございます。
私はどうしても1回目の受験に成功しなかった18歳、2回目の19歳、春の苦々しさは忘れられないです。

私の同学年は160万人。大学進学率は短大を含めて35%。大学定員は30万人でしたから、25万人が予備校に通います。私は名古屋の河合塾。中高生から通塾した馴染みの予備校です。さらに代々木ゼミナールにも在籍。
二つの予備校から学費免除の特待生です。
河合塾の医学部クラスは250名。ガイダンスでは前2列しか合格できないぞと脅されますが、その時点では最前列。
初回の模試では全国200番。当時は個人情報の概念はなく成績優秀者が掲載されました。

私の予備校生活は順調にスタートしましたが、それは一瞬で終わります。
夏頃には、現役生の追い上げを感じ始め、焦りが出ます。
浪人して成績が上がることは無かったのです。
高校のとき勉強不足であれば、時間を掛ければ成績は上がります。
一方で、難関大を目指す場合にはそのレベルの問題が解けるか無理なのかは、鍛錬では解決できず、その人の能力なのです。また解く能力はあっても小さなミスをする。これは性格です。

もちろん若く世間知らずの私が気づくことはありません。
そうして暗黒の時期に陥って行くのです。

すべての人が希望に満ちた春、という訳ではないと思います。大学受験の話は、いずれ続編で。